和泉屋旅館だより

【野口雨情生誕130年】記念の催事さまざまに

和泉屋前の雨情詩碑 


 明治15年5月29日、茨城県北茨城市に生まれ、「七つの子」「赤い靴」「青い目の人形」など多くの童謡や民謡の詩作を遺した詩人野口雨情の今年は生誕130年にあたります。和泉屋の先代14代目太平、詩人泉漾太郎(いずみようたろう)は詩のコンクールのご縁で13歳の時から弟子としてつかえました。没後は雨情精神を説き、50年にわたって墓参を続けて、雨情の詩と思想の継承に務めました。
 今月は東京雨情会が5月13日(日)上野精養軒で「雨情生誕130年記念の雨情祭」を開催します。女優の五大路子さんは5月5日(こどもの日・土)に『唱と語りで綴る「雨情の心への旅」』を横浜・サンハート ホールで特別公演。詩人・野口雨情の心を伝えます。
 
 和泉屋玄関先に建てられた「野口雨情詩碑」にチューリップが可憐です。

【文豪の贈り物】 山岡荘八先生の節句祝い

山岡荘八先生の御所人形



104年前の座敷幟 




 そろそろ、あちらこちらに、気持良さそうに鯉のぼりが泳ぐ景色が見られるようになりました。端午の節句の季節ですね。

 和泉屋では毎年、文学亭の玄関に100年以上前の五月飾りを展示して、皆さんに楽しんでいただいています。今年も準備ができました。
 
 明治41年(1908)に14代目の和泉屋太平が生まれた時、20歳の若い父親となった13代が大変喜んで、日本橋の人形店のショウウィンドウに飾ってあった非売品の「五月飾り」を譲り受けたのがそれです。

 一昨年、読売新聞の方が調べて下さった記事によると、昔、武家屋敷などでは、外に幟(のぼり)を立てたりせずに、「座敷幟」といってめでたい主題の鯉、昇り竜、麒麟、ボタンなどを彫った屋台にミニチュアの鍾馗(しょうき)幟や家紋を染めた幟を座敷に飾る風習があったのだそうです。
 
 文学亭では現社長の生まれた昭和23年(1948)に旧氏家町(さくら市)の画家、蕪木五泉(かぶらきごせん)画伯が描いてくれた、畳ほどもある鍾馗の幟や五月人形も展示され、常設の文士たちの色紙展と合わせてご覧いただけます。5月5日までの朝10時から夕4時まで公開いたします。どうぞお立ちより下さい。

 今年の目玉は【文豪・山岡荘八先生】が現社長の誕生を祝って下さった御所人形です。太平洋戦争後、作家としての再出発で苦しみ、長逗留された和泉屋の新しい世代の誕生を心から祝福して下さったのでしょう。和泉屋の宝です。

【箒川渓流釣り解禁】 100尾超、大漁の人も

箒川のヤマメ


 塩原温泉を流れる箒川の渓流釣りが4月1日解禁になりました。2月中旬の調査で、ヤマメから放射性物質の基準を超える放射性セシウムが検出されましたが、その後3回連続で下回り無事解禁に漕ぎ着けました。漁業組合では3月末からニジマス5万尾、ヤマメ3万尾、イワナ1万尾を放流しましたが、風評被害の影響で人出は例年の半分にとどまりました。それでも朝だけで100尾以上釣り上げた客もありコンディションはまずまずと好評でした。写真は地元の釣り名人磯さんが釣り上げたヤマメ。

【湯守日記】 地球の恵みとともに

塩釜にある福渡源泉 



 温泉はそもそも湯の湧くところで利用する「外湯」があたりまえ。しかし明治期、全国的に観光温泉地が近代化するに従って、利便性や他地区に優越する誘客の切り札として「内湯」が流行りました。

 塩原温泉でも箒川やその支流の川岸に露天風呂が現存しますが、今や「内湯」は当然になりました。もう120年以前にポンプの無い時代、福渡地区は塩釜地区の塩湧橋下の源泉から湯を頂戴して
湯樋で約1キロ引いています。高位置から低位置の旅館内に引き込む知恵でした。

 4月3日から日本列島を駆け抜けた春の暴風雨で箒川も相当水かさが増しました。川中源泉なので増水すると湯量と湯温の調節で「湯守」は大忙しです。

 今朝4月5日は静かで穏やかな朝日の中で源泉の調節をしました。70℃で毎分およそ900リットルの湯を約10軒の旅館が共同で利用しています。

 あとで詳細を記そうと思いますが、温泉関係者の心配ごとは、東日本大震災の原発事故に端を発した「クリーンエネルギー」や「再生可能エネルギー」として「地熱発電」の本格利用が動き始めたことです。景観を含む自然環境の保全ばかりでなく、温泉文化を損ないかねない危険を孕んでいることを自覚したいと存じます。幸い新任の日本温泉協会長は那須温泉出身の広川允彦さんです。連携をとって日本開びゃく以来の温泉利用の伝統文化を守りましょう。

【塩原のおばぁちゃん忌】 和泉屋十三代女将

塩原のおばあちゃん山岡色紙 


文人の忌日は「菜の花忌」とか「桜桃忌」とか素敵な名で呼ばれる。私ども和泉屋は歴代の命日を忘れず忌日には墓参を欠かさない。3月31日は「塩原のおばぁちゃん忌」、十三代太平の妻千代女の祥月命日だった。長谷川伸先生や山岡荘八先生らが賑々しく和泉屋に通ってくださった頃のおかみである。上の色紙は山岡先生のプレゼント。若かった文士連の母親役を引き受けた肝っ玉母さんの千代女。NHK大河「太閤記」のロケで滞在した秀吉こと緒形拳さんは帰ってくると千代の部屋に直行し長火鉢の鉄瓶から茶をついでもらい、羊羹やたくあんを頬張った。琴泉院塩渓禅媼大姉。

【箒川渓流釣り情報】 塩原漁業協同組合3.21発表

 
箒川渓流早春

塩原漁業組合より、箒川渓流釣り解禁の情報が入りましたので、転載します。

日頃より当漁業協同組合の運営に当たりご理解ご協力を頂き有難うございます。
早速ですが、これまでの検査結果の状況と今後の解禁日程について御報告をさせて頂きます。

◆放射能セシウム検査結果
*暫定規制値500Bq/kgが4月1日より新基準値100Bq/kgとなります。

魚種河川名           採取日  放射能セシウム含有量備考
ヤマメ箒川(中・上塩原地区) 2月16日 106.1 Bq/kg
ヤマメ箒川(中・上塩原地区) 2月28日  31.1 Bq/kg再検査1回目
ヤマメ箒川(中・上塩原地区) 3月 9日  10.8 Bq/kg再検査2回目
ヤマメ箒川(中・上塩原地区) 3月16日  *3/23頃結果発表再検査3回目

上記の通り、再検査での放射能セシウム量は100Bq/kgを大きく下回っており、 3回目の結果も下回るのではないかと期待を致しております。

また、キャッチ&リリースエリアについては県より100Bq/kgを超えた場合でも 監視体制の強化等で試行できることとなりました。
(1)キャッチ&リリース区間は、漁協の監視員等が釣り人に注意喚起できる範囲に限定する。
*1つの河川・湖沼で、数百メートルの範囲で数箇所に限定
(2)漁業協同組合は遊漁者や組合員に対してキャッチ&リリースの徹底を図る。
*看板の設置等による周知
*監視体制の強化

上記の結果をふまえ、当漁協では3月19日の理事会において 次の通り今後の日程について決定しましたので御報告致します。


◆「フライ&ルアー・C&Rエリア」
3月24日(土)AM 5:00より解禁
*箒川ダム上流より錦帯岩下流まで

◆「渓流解禁」
(3回目の検査結果が100Bq/kgを下回った場合)
*3/23頃結果発表による
4月1日(日)AM5:00より解禁
*錦帯岩より上流

今後も、随時決定した事項をご連絡させていただきます。
これからも、何卒よろしくお願い致します。

塩原漁業組合公式HP
http://www.siobara.or.jp/gyogyo





【八木福次郎さん逝く】ミスター神保町 古書街の主

八木福次郎さん


月刊誌「日本古書通信」の社長で、古書の街、東京・神田神保町の生き字引と呼ばれる八木福次郎さんが3月8日に96歳で亡くなられた。詩人で文人と交際の広かった和泉屋先代の泉漾太郎とも親しく、おひとりでぶらりと訪れては2〜3泊滞在された。コーヒーを召し上がりながら、語って下さる文人交友録は秘話と呼ぶに相応しいエピソードばかりで、和泉屋を訪れた作家の想い出など伺うのが楽しみだった。ご冥福をお祈り申し上げる。4月17日の偲ぶ会には参列したい。(写真は朝日新聞be on Saturday 2006/04/15より)

【五月女政平画伯】 清潔で温和な画風 塩原を贔屓に

五月女政平画伯色紙


小山市の名誉市民、五月女政平先生は随分塩原に足を運ばれた。お師匠さんの刑部人先生とも友人や教え子の方々とも、それは必ず「画を描きに」見えたのでした。

写真はある時、お食事が済んだところで和泉屋の主人をお部屋に呼んで「少しいたずらをしてみました。もし気に入ったのがあれば記念に差し上げましょう」とおっしゃって「鱒の塩焼き」と「食後のぶどう」を色紙に油絵で描かれたものを下さったのでした。

和泉屋のある福渡の箒川渓谷や元湯の恵比寿屋さんの前の赤川がスケッチのお気に入りの場所でした。

今もお元気で毎年お正月には小山で個展を開かれるのが恒例です。懐かしい30年前の色紙を文学亭に掛けました。


【和泉屋のひな祭り】


和泉屋のひな祭り


 別館文学亭の玄関に「おひな様」を飾りました。
和泉屋を愛した文士方の色紙展も併せてご鑑賞下さい。

「睦む姿の 床しや いとし
          夢もほほえむ 桃の春」

栃木県美術家協会長もなさった米陀 寛先生の立ち雛に
和泉屋先代の詩人泉漾太郎が画賛を添えています。


【477年目の春】3月8日創業記念日




 塩原三月の陽光

三月を迎えました。雪に覆われた塩原の湯里ですが、眩い陽光は確実に春の光です。

和泉屋にとって三月は節目の月です。先ごろ2月17日号「週刊朝日」の連載特集「超長寿企業に学ぶ」で紹介されましたように創業が1536年(天文5年)、源頼政の孫、和泉守田代冠者源頼成を始祖とします。現社長で第15代を数えます。

東日本大震災の影響もあり多難な歩みですが、看板を承継する道を模索してまいります。

営業日程が館内整備などで不規則になり御迷惑をおかけしますがよろしくお願いいたします。


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